ボクが三十路手前くらいのときでした。
友人と居酒屋で飲んでいるときに、こんな会話をしました。
友人「そういや、もう少しで30になるのに俺は何も成し遂げてないなぁ」
ボク「成し遂げるってたとえば何?」
友人「いや、それは良く分からんけどさ、ともかく何も挑戦していないし何も手に入れてないなぁと…」
ボク「う~ん、逆に言えば何も失わず済んだってことでもあるんじゃない?挑戦することによって確実に手に入るわけでもないし、下手すれば取り返しの付かないことになってたやも…」
友人「まぁそう考えればそうかもな~」
いまでもこの会話を覚えています。
当時のボクはそれなりに正しいことを言ったような気になっていました。
しかし、実際に三十路を過ぎると、ボクは当時の考えが間違っていたと思うようになりました。
何もしないことによってリスクを避けていたように見えて、ただボクらは臆病だっただけだと今になって思います。
もっと積極的に何でも挑戦してみれば良かった。
思い返せばアレもコレも何でもやっておくべきだった。
無意味だからやらない、という考え方こそ、もっとも無意味だった。
今になると20代の頃を思い返して、後悔がふつふつと浮かんできます。
30代でこのような考え方をするのだから、もし自分が60代や70代になると、これ以上の後悔が襲ってくるに違いない、と強く思うのです。
もし、自分の人生が終わる直前まで生きたときに、結果がどうであれ、やって後悔したことなんて一つもないような気がするんです。
むしろ、やらなかった後悔の方が強く残ると思うんです。
だって、30代の今ですら20代でやらなかったことを強く後悔しているのですから。
最後にはきっと自分自身のすべてを肯定すると思うんです。
ただし、やるという選択をした場合に限りです。
やらなかった場合、もしやったなら今ごろどうなっていたんだろう?という後悔の念が残り、それはどうやっても消せません。
鼻息荒くアクティブに行動するほど、ボクは積極性がある人間ではありません。
しかし、やるかやらないかで選択を迫られたなら1つでも多く、やる方を選択しながら生きたいと思います。
だって、最後に後悔したくないですからね。
きっと今より年齢を重ねた自分は、「あのときはよくやったな」と自分自身の過去に対して思うでしょうから。