本当にくだらない話なのですが、振り返ってみれば、その後のボクの人生に大きな影響を与えたエピソードなんです。
ボクが20歳の頃の話です。
掌編小説(ショートショート)として楽しんでください。
もちろん実話です。
当時勤めていた会社での休憩室での一場面です。
<一千万円の使い道>
休憩のチャイムが鳴り響いた。
みな作業の手を止め、休憩室へなだれ込む。
いつものメンバーだ。
煙草を吹かしながら馬鹿話が始まる。
<もし一千万円があったなら、みんなどうする?>
誰が言い出したか、今回の議題は一千万円の使い道になった。
「あたしはエステ行って、バッグ買って、あとどうしよっかな~」
「隠居する、働かないでひきこもる」
「毎日飲みに行くだろうな、うへへ」
みな口々に欲望を言語化して吐き出す。
僕の頭のなかでも次々に欲望が浮かんでは消えた。
一千万円が自分の手のなかにある、想像するだけで楽しかった。
何を手に入れようか、何に使おうか。
そんなことを考えていると、腕組みをした先輩が、眉間にしわをためたまま、こんなことを呟いた。
「俺だったら増やすことを考えますねぇ」
恐らく、その先輩の言葉をまともに聞いていたのは僕だけだった。
なぜなら、誰も先輩の呟きに反応を示さなかったからだ。
相変わらずみな口々に一千万円の使い道について楽しそうに話していた。
僕は急に自分が恥ずかしくなった。
一千万円を「使う」という発想しかなかったからだ。
「増やす」という発想がなかった自分を恥ずかしく思った。
同じ人間でもここまで発想に違いがあるものなのか。
一千万円の使い道で盛り上がる面々。
腕組みをし、眉間にしわをため、恐らくどのように一千万円を増やそうか思案している先輩。
その両者には大きな隔たりがあるように思えた。
自分がどちらに行くのか試されているような気がした。
「ところで、君は一千万円があったらどうする?」
不意に声を掛けられた。
「ぼ、僕は使うことより増やすことを考える」
反射的に答えてしまった。
完全に背伸びの強がりだった。
「え?どうやって?」
「そ、そりゃ、商売とか、何か適当に…」
しどろもどろに答えた。
抽象的すぎて答えになっていない。
そのうちに休憩終了のチャイムが鳴り、みな自分の持ち場へ戻った。
僕は作業をしながら、さきほどの休憩室での会話を、ずっと心のなかで反芻していた。
あれから10年以上経ちますが、いまだボクの記憶に残っているエピソードです。
お金を使うのではなく増やすという発想をボクに植え付けてくれた先輩がいまどうなっているのかは分かりません。
しかし、ふと思い出すたびに、心のなかであの先輩に感謝しています。
そして現在のボクは株式投資をしています。
あの休憩室での会話がなかったなら、現在のボクは投資をやっていなかったのかもしれません。