【映画】隻狼信者が「SEKIRO: NO DEFEAT」に対する文句をひたすら書く記事【2026年度のワースト】
※ネタバレを含むので事前情報無しで鑑賞したい方も読まない方が良いです
最初に、攻撃的な記事タイトルにしたことを謝罪します。
ただ、このタイトルの意味することは一つです。
「SEKIRO: NO DEFEAT」が好きな人は読まないで欲しい
自分はゲームの”隻狼”が大好きです。
PS4版を予約して発売日に購入。
トロコン済み。
Steam版を買い直してまた遊ぶ。
この程度には好きです。
何周遊んだのかは覚えていないほどプレイしました。
そんな隻狼信者の自分が、映画版の「SEKIRO: NO DEFEAT」をチェックしないなんてありえません。
結論から言えば、映画として20点くらいの出来だと思いました。
隻狼信者として許せません。
映画に対する不満を書き綴りたいと思います。
しつこいですが、本作が好きな方は読まない方が良いです。
映画として”尺の使い方がおかしい”です。
原作をなぞる部分は、やたらとスピーディーでドライなのです。
まるで”箇条書きされた紙芝居”を見ているような感覚でした。
こういうことがありました↓
こういうことになりました↓
こういうことがありました↓
こういうことになりました↓
な、なんてドライな映画なんだ…!!!
映像的にもあまり動きがありません。
お世辞にも戦闘も迫力があると思えませんでした。
で、でも原作の隻狼を映画化するなら、これくらいのテンポじゃないとまとまらないよね…
だから、このドライさは仕方ないよね…
そう思って序盤は観ていました。
天守の源一郎戦にて、狼は命を落とします。
しかし、”竜胤”の力によって蘇るのです。
見事、源一郎を倒します。
戦いの帰り道、狼と九郎は川で魚捕りをしている親子を見かけます。
突然、親が咳込んで絶命してしまいます。
”竜咳”です。
不死の力にも代償がある、竜胤はこの世に存在するべきではないのかもしれない
竜胤を封じるために”不死斬り”を求めることとなります。
この展開と見せ方は本当に上手いです。
竜胤という超常の力の代償、そして残酷さを過不足なく描けていると思います。
その後、”仙峯寺”にて”変若の御子”(お米ちゃん)から不死斬りを頂戴します(ついでにお米ももらう)。
そして、狼と九郎は近くで開催される村祭りに参加するのです。
は?
と思った方もいるかもしれませんが、ここから”オリジナル展開”がぶち込まれます。
村祭りを楽しんだ狼と九郎は、村のみんなと一緒に”おはぎ”を作ることになります。
は?
”おはぎ”と言えば、隻狼における”泣きのアイテム”です。
フレーバーテキストを見るだけで目頭が熱くなります。
自分は”一心戦”でわざと食べたりしていました。
九郎様から頂いたおはぎを頬張って一心を倒す
そんなロールプレイを脳内で楽しんでいたのです。
映画では、村人と一緒におはぎを作り、結果的に村は焼き払われるという展開になります。
生き残った村の子どもに九郎は言われます。
九郎様は死ななくて良いなぁ…
九郎がショックを受けるのは言うまでもありません。
竜胤はこの世に存在するべきではない(厳密に言うなら、巫女という存在そのものが政治的にも乱を招く)
その決意を固くするのです。
いや、それさっきやったよね??
川の親子のシーンでやったよね??
なんでわざわざこんな展開を入れたの??
なんでここでそんなに尺を使ったの??
オリジナル要素を入れるのが悪いとは言いません。
オリジナル展開が悪いとは言いません。
そのオリジナルの要素に、ここまで尺を使うのが意味が分からないのです。
もう一つだけ紹介します。
狼の義父である”梟”が九郎をさらいます。
狼は梟の手から九郎を救い出し、一度脱出します。
しかし、九郎は再び捕まり、狼と梟は再度対峙するのです。
なんでワンクッション挟んだ??
梟に九郎がさらわれる↓
狼が梟を倒して九郎を救い出す↓
これで良かったのでは??
なぜ、わざわざ一度逃げ出して、また捕まって…という展開にしたのか分かりません。
物語が間延びしているだけです。
展開として全然上手くありません。
ついでに言うなら、梟が九郎の頬を舐めるシーンがあるのですが…
義父はそんなことしねぇから!!!
ついでに言うなら、梟が幼い頃の狼の前で黒猫を惨殺するシーンがあるのですが…
義父はそんなことしねぇから!!!
これは妄想ですが、忍びとして教育を仕込んだ梟も”お蝶”も、狼を可愛がっていたと思うのですよね(おはぎを食べさせたこともあるし)。
少なくとも、目の前で狼が心を寄せようとした黒猫を惨殺するような真似はしないはずです。
いまのお前に、その子(黒猫)の命が預かれるのか…?
そんなことを言って、諭しそうなものですけどね。
オリジナルの展開がやたらと間延びしているのに、原作をなぞる場面はスピーディー。
そのアンバランスさが気になって仕方ありません。
他にも気になる箇所を2つだけ挙げます。
・”忍義手”の扱いが適当過ぎる
”隻狼”というタイトルも示す通りに、主人公の狼は”隻腕”です。
その代わりに義手を装備して戦うのです。
非常に重要な意味を持つギミックなのです。
本作では忍義手の扱いが淡白すぎます。
隻腕になる前と後で、そこまで差が感じられないのです。
一応は忍義手を使った戦闘シーンもあるのですが…あまり存在感があるとは言えません。
たとえば、序盤で岩壁をよじ登るシーンを入れる、忍義手を手に入れたあとに岩壁をひとっ飛びで登るシーンを入れる。
こういうシーンを一つ入れれば良いじゃないですか。
忍義手とは何なのか?
忍義手とはどんな能力があって何ができるのか?
そんなことを長々と説明する必要なんてありません。
上記したようなシーンを一つ入れたらそれで良いじゃないですか。
腕を失った代わりに、新たな能力を手に入れた、それが伝われば良いのです。
・終盤で流れる曲がノイズ過ぎる
映画の終盤でとある曲が流れます。
”日本語と英語が混じった歌詞”です。
ほんっとうに、センスねぇな!!!!!!!!
いつまでこんなダサい演出すんの???
そんな曲を流せば泣けると思ってんの???
シラケるだけなんだよな……
この曲が悪いのではありません。
この曲をチョイスして映画に入れたのが大問題です。
泣きたいのはこの映画の出来に対してだよ……
最後に良かったところも2つだけ挙げます。
1.九郎と死なず半兵衛が可愛い
2.剣戟でゲームのSEがそのまま使われている
以上です。
生きるとは何か??
とか。。
不死の残酷さ…
とか。。
そんなことをネチネチと言われても気持ち良くなれねぇんだけど!!
この映画はどこで気持ち良くなれば良かったの??!
隻狼と強敵の剣戟は超あっさりしてるのに、ウェットな部分だけが間延びしています。
尺の使い方が下手過ぎる。
合掌…
※ムビチケ、入場特典、特装版パンフ&ポストカード
2026年度のワースト映画です。
隻狼信者だからこそ、本当に悲しいです。

